霊夢 写経を体験する(総本山本福寺)前半

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総本山 本福寺 公式Hpより

今回、霊夢と魔理沙が写経体験に向かったのは、佐賀県基山町にある”総本山 本福寺”です。

本福寺は、大伴旅人が太宰府防衛のために築いた、日本最古の朝鮮式山城「基肄城(きいじょう)」のある基山(きざん)の南麓に位置しています。
基山は仏法興隆の場として、真言密教(東密)、天台密教(台密)の修験道の山伏たちが基山にこもり、瀧に打たれ、山をこえ峰をこえての山林修行を行い、当時の山岳信仰の最先端を極め、修行場・禊の場として栄えました。
今でも本福寺の瀧場には宝篋印塔(ほうきょういんとう:墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種)・五輪塔・板碑が立ち並んでいる事から、基山が修験の道場となった事を物語っています。
山麓には不動寺・寺谷・仁蓮寺・天台寺などの寺名のつく集落や、仏谷・道場原などの地名が残っています。
そのような風土の位置を中山とも称され、光明念佛身語聖宗 総本山 中山一之瀧 本福寺が建立されました。
また、弘法大師空海ゆかりの滝場として、1350年続く日本仏教の聖地としても知られています。
弘法大師空海とは
・世界遺産高野山を開いた人物
・大師さまの足跡を巡る四国八十八ヶ所霊場、お遍路のルーツ
・日本初の民間学校を開設した人物
・書に優れ、嵯峨天皇、橘逸勢(たちばなのはやなり)とともに、日本の三筆と呼ばれる
・「カタカナ文字」を発明した人物

「ふう。やっと着いたわね。ここが本福寺ね。もっと山奥かと思っていたけど意外とアクセスはいいわね。」

「そうだな。”アウトレットモール鳥栖”からも近いし。山伏の修行場って聞いたからどれだけ山奥かと思ってたぜ。」

「まずは案内板を見てみましょう。」

総本山 本福寺 公式Hpより

「霊夢のやりたがってる写経は”善法堂”であるみたいだな。でも入れるのは11時からみたいだな。今10時だから、それまで他のところを見て回ろうぜ。」

(二人はまず本堂へ向かった。立派な寺標(じひょう:お寺の名前が彫ってある石柱)の間を抜け、本堂へ続く階段を上っていくと、立派な本堂が見えてきた。)

本堂

「これが本堂か。なかなか立派だな。入母屋建築で格式が高く、本堂の広さも京都の西本願寺と同じらしいぜ。」

「彫刻も凝ってるわね。あっ、魔理沙みてみて。犬のかわいい彫刻があるわよ。十二支の彫刻みたいね。本堂の十二支や神獣の彫刻は日光東照宮のに携わった修復師によって施されたみたいよ。」

(次に、二人は光明院観音堂を巡った。)

光明院
観音堂

観音堂の内部

関西地方に点在する西国三十三観音霊場をお祀りしている。

(次に二人は滝場へ向かった)

「ここが滝場ね。弘法大師空海も修業したとされる場所なんて、なんか神秘的ね。」

「おっ。滝行の体験もできるらしいぞ。最近日常生活がたるんでる霊夢に気合いれるためにも行ってみるか!」

「魔理沙、馬鹿じゃないの。今の季節を考えてよね。今の気温が6℃くらいみたいよ。素人の私たちが耐えうる気温じゃないわ。」

「冗談だよ。それに滝行は予約制みたいだしな。暖かくなってきたら行ってみたいな。」

中山一之瀧は自然の流水であり、高野山をお開きになられた弘法大師空海も瀧行されたとされ、修験山伏たちの格好の修行場として栄えました。

予約制ですが、滝行体験もできるそうです。

滝着をつけているお地蔵さんがいる場所が、滝行を行う場所です。
総本山本福寺と弘法大師空海との関係性について
今から1350年年前に修験道の山伏たちが山岳修行をした滝行の聖地がこの地であり、807年から弘法大師空海は大宰府の観世音寺に3年間滞在しました。その時、本福寺の滝場は滝修行の聖地として名を馳せていました。
弘法大師空海をはじめ、多くの修行僧がこぞって修業したとされています。
今でも滝場の湧水には難病や大病にご利益があるとされ、多くの方が全国から訪れています。

(この大岩があるところが、1350年前に山伏たちが修行した聖地みたいです。)

(続いて、二人は五重塔へと向かいます。続きは次回で。)

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